阪神タイガース 2014–2026 ・ 背番号 17 → 14
岩貞祐太
何度でも、
自分を作り直した左腕。
2013年ドラフト1位。先発で10勝、救援で24ホールド、そして日本一。阪神一筋13年のキャリアを、ファンの記憶とデータで振り返る。
NPB通算成績
- 304登板
- 93先発
- 43勝44敗
- 59Hホールド
- 705⅔投球回
- 624奪三振
- 3.56防御率
岩貞祐太と聞いて、何を思い出すだろう。2016年5月27日、東京ドーム。菅野智之と投げ合い、9回3安打7奪三振無失点。阪神が1-0で勝った、あの試合を思い出す人は多いと思う。
だが、岩貞の13年間は「2016年の10勝左腕」だけでは語れない。一度は先発で壁にぶつかり、救援へ回り、31歳で154km/hを記録し、FA権を得ても阪神に残って能見篤史が背負った「14」を継いだ。そして2023年には24ホールドを挙げ、18年ぶりのリーグ優勝と38年ぶりの日本一を経験した。2026年、現役生活に区切りをつける。
数字を追うと、岩貞祐太という投手の本当の面白さは「2016年のピーク」ではなく、その後に何度も役割を変えながら生き残ったことにある。阪神での13年間を、ファンの記憶とデータの両方から振り返る。
CAREER MAP
13年間の登板数と役割
- 先発中心
- 先発・救援併用
- 救援中心
01 ・ 2013–2015
3度目の1位指名で阪神へ。最初の2年は一軍に定着できず
熊本の必由館高校では甲子園出場はなく、横浜商科大へ進んで評価を高めた。大学2年時には日本代表を経験。同世代には菅野智之、野村祐輔、藤岡貴裕、東浜巨、福谷浩司、大瀬良大地ら、のちにプロで主力となる投手が多くいた。大学時代には無安打試合も記録している。
2013年のドラフトで、阪神は大瀬良大地、柿田裕太と抽選を外し、3度目の1位指名で岩貞を獲得した。「外れ外れ1位」と呼ばれがちだが、大学4年秋は6勝1敗、防御率0.42。当時の評価から見ても、岩貞自身がドラフト1位候補だった。
2014年は6登板、1勝4敗、防御率4.60。プロ初勝利は8月17日のDeNA戦だった。2015年も一軍では5登板、1勝1敗、防御率4.35にとどまったが、ファームでは95回2/3・防御率2.82と翌年につながる土台を作った。オフにはプレート位置、腕の使い方、体重移動を見直し、能見篤史との自主トレでチェンジアップを磨き直した。どれか一つではなく、こうした試行錯誤が重なって2016年につながっていく。
02 ・ 2016
10勝、防御率2.90。でも「ずっと好調」ではなかった
- 10勝9敗25登板
- 2.90防御率
- 156奪三振 ・ 158回1/3
- 3.5WAR(NPB STATS系)
キャリア最高の先発シーズン。同じ系列のWARで主な投手と並べると、菅野智之6.3、メッセンジャー4.6、ジョンソン3.9、岩貞3.5、藤浪晋太郎3.4。序盤の岩貞は単に「10勝した投手」ではなく、リーグ屈指の先発左腕クラスの内容を見せていた。3・4月は防御率0.79で球団選定の月間最優秀選手、4月2日のDeNA戦では7回無失点12奪三振。
菅野智之との1-0完封
5月27日の東京ドーム。岩貞は9回、打者33人に3安打4四球7奪三振、自責点0で完封した。投げ合った菅野も7回6安打2四球1死球6奪三振で自責点0。阪神が1点をもぎ取り、1-0で勝った。岩貞のキャリアで最も象徴的な1試合だ。
実は夏に一度崩れていた
MONTHLY ERA
2016年 月別防御率
春に圧倒夏に大崩れ・二軍で再調整9月は4勝0敗・防御率0.58で月間MVP
5月まで防御率0.79、1.00と圧倒したが、6月7.01、7月11.91と大きく崩れ、二軍で再調整した。9月は4登板で4勝0敗、31回で27奪三振、防御率0.58。最終5先発で5勝を積み上げて10勝に届き、9月度の月間MVPを受賞した。「最初から最後まで安定した10勝シーズン」ではない。「崩れて、戻す」は、キャリア後半より前の2016年にすでに一度経験していた。
03 ・ 2017–2019
2017年に苦しみ、2018年にもう一度先発として戻る
| 指標 | 2016 | 2017 | 変化 |
|---|---|---|---|
| 防御率 | 2.90 | 4.96 | +2.06 |
| K/9 | 8.87 | 8.54 | −0.33 |
| BB/9 | 3.13 | 4.04 | +0.91 |
| K/BB | 2.84 | 2.11 | −0.73 |
| WHIP | 1.10 | 1.40 | +0.30 |
| 被本塁打 | 10 | 14 | +4 |
2017年は18登板、5勝10敗、防御率4.96。奪三振能力が消えたわけではない。四球が増え、走者が増え、被本塁打も増えて失点が膨らんだ。2016年の成功を、そのまま維持することはできなかった。
2018年は23登板、7勝10敗、132回、122奪三振、防御率3.48。WARは2.0、K/BBは3.81まで戻した。5月25日には再び菅野と投げ合い、岩貞は7回無失点、菅野は8回1失点で、阪神が1-0で勝った。2016年ほど派手ではないが、先発として再び一定の成績を残したシーズンだ。熊本開催のオールスターで登板し、日米野球の侍ジャパントップチームにも選ばれた。
2019年はインフルエンザと右脇腹の故障で長期離脱し、約4か月一軍から遠ざかった。9月1日の巨人戦で復帰し、6回71球3安打無失点。シーズンは8登板、2勝4敗、40回1/3、防御率4.02だった。
04 ・ 2020–2021
先発を失ったのではなく、救援という道を増やした
- 3.51防御率
- 1.39WHIP
- .263被打率
- 3.00防御率
- 1.10WHIP
- .225被打率
生きる道が一つ増えた。
2020年がキャリア最大の転換点になった。シーズン全体では38登板、7勝3敗、8ホールド、防御率3.30。役割別に見ると、救援では走者を出す頻度も被打率も下がっている。岩貞本人も救援について「生きる道が一つ増えた」という趣旨の言葉を残した。先発経験を持つ左腕が、救援でも価値を出せる投手に変わった年だった。
救援2年目の2021年は46登板、4勝0敗、12ホールド、防御率4.66と順風満帆ではなかった。いつ呼ばれるか分からない、連投がある、肩を作る回数が増え、登板せずに終わる日もある。救援投手ならではの準備の負担とも向き合った年に、投手キャプテンを務め、社会貢献活動で若林忠志賞も受賞した。
05 ・ 2022 ・ 31歳
154 km/h ・ 自己最速30代に入って、球速が伸びた。
理由を聞かれた答えは「筋肉です」。
自己最多の53登板、2勝1敗、11ホールド、42回、防御率2.57、WHIP 1.10、K/BB 3.17。先発時代の2016年とは役割が違うため単純には比べられないが、救援としての安定感はここで一段上がった。
06 ・ 2022年オフ
FAで残り、能見の「14」を背負い、翌年優勝した
2022年11月9日 ・ 国内FA権を行使せず残留
「阪神のユニホームを着て優勝したい」
同時に背番号17から「14」への変更が発表された。長く憧れてきた能見篤史が背負った番号だ。2025年オフも海外FA権を持ちながら「もう一度日本一を目指す」と残留し、キャリアの最後まで阪神一筋でプレーした。
07 ・ 2023
24ホールドでたどり着いた、リーグ優勝と日本一
REGULAR SEASON
50登板 ・ 1勝0敗 ・ 防御率2.70
春は先発再転向も視野に調整し、シーズンでは救援の役割に適応した。
日本シリーズ 第1戦 ・ 阪神 8-0 オリックス
9回に登板し、3打者・13球で三者連続三振。
先発に合わせた調整から、シーズンでは救援へ。その役割で50試合、チーム最多の24ホールドを挙げ、阪神は18年ぶりのセ・リーグ優勝、さらに日本シリーズも制して38年ぶりの日本一になった。岩貞の三者連続三振は日本シリーズ第1戦のものだ。FAで残り、背番号14を背負った最初の年に、阪神で優勝し、日本一になった。
08 ・ 熊本への支援
役割は変わっても、熊本への支援は変わらなかった
熊本地震をきっかけに2017年から支援を開始。先発時代は勝利数と奪三振数、救援転向後はホールド数に合わせて、支援の形も変えながら続けてきた。
先発時代
1勝=10万円 ・ 1奪三振=軟式ボール1ダース
- 50万円2017年 5勝
- 93ダース2017年 93奪三振
2018年は7勝・122奪三振。
救援転向後
ホールド数に合わせた支援へ
- 60万円2021年 12ホールド
- 120万円相当2023年 24ホールド
2022年は11ホールドで、若林忠志賞の活動資金も関わった。
2025年も継続。球団公式では、活動が9年目に入ったことが紹介されている。野球人生では何度も「作り直し」、支援は形を変えながら「続けた」。
09 ・ 2024–2026
2登板の翌年、防御率2.12。そして最後のシーズンへ
2024年は左肘の故障で長期離脱し、わずか2登板、1回2/3にとどまった。2025年は29登板、3勝1敗、4ホールド、29回2/3、22奪三振、7四球、防御率2.12、K/BB 3.14で一軍戦力に戻り、2度目のリーグ優勝を経験した。投球の組み立ても大きく変わっている。
PITCH MIX
球種構成 2023 → 2025(概数)
- 直球
- スライダー
- その他
2026年は5月に左肩のコンディション不良で約2か月実戦を離れ、ファームで36登板、33回、30奪三振、10四球、防御率5.73。再昇格を目指したが、一軍は1登板(0回2/3、防御率13.50)にとどまり、9月28日、球団公式サイトに「岩貞祐太選手について」が掲載され、現役生活に区切りをつけることになった。
2020年、先発一本ではなくなったとき、岩貞は救援という「次の形」を見つけてキャリアを延ばした。2026年は、肩の離脱からファームで復帰を目指したが、一軍で大きな役割を取り戻すには至らなかった。最後まで同じ答えが見つかるわけではなかったからこそ、13年間の適応の価値が見える。
10 ・ データで見る価値
ドラフト1位として、阪神投手陣の中で
2013年ドラフト1位投手
同時期の阪神投手
どちらもNPB STATS系WAR、2014〜2022年の固定期間での比較。通算ランキングや歴代順位ではない。
超大当たりのドラ1ではない。それでも304試合に登板し、先発と救援の両方で一軍戦力になった。成功か失敗かをWARだけで決めず、実働年数、役割、登板数まで含めて見れば、ドラフト1位として明確に成功した部類と考えていい。固定期間のWARで見ると、同時期の阪神投手陣でも能見篤史と並ぶ水準の価値を積み上げており、「脇役」で片付けるには数字が大きい。
11 ・ 2013年組
2013年ドラフト同期、そして13年間の終わり
- 1位岩貞祐太
- 2位横田慎太郎
- 3位陽川尚将
- 4位梅野隆太郎
- 5位山本翔也
- 6位岩崎優
一軍で長く活躍した岩貞、梅野、岩崎。一軍で複数年プレーした陽川。そして病と闘いながら復帰を目指し、引退試合のバックホームで記憶に残る横田慎太郎。2014年8月17日のプロ初勝利は、同期の梅野が本塁打を放った試合でもあった。
2014 – 2026
何度でも、
自分を作り直した左腕。
2016年は先発として10勝、防御率2.90。その後、2017年の不振、2019年の長期離脱、2020年の救援転向、2024年の左肘故障。そのたびに違う形で一軍へ戻ってきた。通算304登板、43勝、59ホールド、705回2/3、624奪三振。「大エース」という一言では表現できない。「便利屋」という言葉でも足りない。エース級の年を作り、その後は役割を変えて13年間、阪神を支えた。
13年間、本当にお疲れさまでした。
スライドとデータで振り返る動画を見る 阪神キャリアアーカイブの一覧へSOURCES / 出典
- NPB公式 岩貞祐太 個人年度別成績(通算・年度別成績)
- NPB公式 2026年 阪神 一軍投手成績・ファーム投手成績・2023年 阪神 個人投手成績
- NPB公式 2016年5月27日 巨人vs阪神
- 阪神タイガース公式 岩貞祐太選手について(2026年9月28日)・2026年 選手プロフィール
- 阪神タイガース公式 2022年 FA残留・背番号変更・2016年3・4月 球団月間MVP・2016年9月度 月間MVP
- 阪神タイガース公式 熊本への支援 2017年・2025年
- WAR:NPB STATS系WAR(2016年の値、および2014〜2022年の固定期間比較)。計算方法の異なるWARは混ぜていない。
- 動画版:岩貞祐太のキャリアを振り返る動画(YouTube)
⚠ 免責: 本記事はNPB公式記録と阪神タイガース公式サイトの公表情報、公開されているWAR指標をもとに独自に整理したものです。WARの比較は2014〜2022年の固定期間での比較で、通算順位や歴代順位を示すものではありません。球種構成・球速は概数です。本人の発言は趣旨の要約を含みます。特定の選手、球団、ファンを誹謗中傷する目的はありません。